「X68000(エックスロクマンハッセン)」── 別名 「ロクマンハッセン」、あるいは 「ペケロッパー」 とも呼ばれた名機です。
これはシャープが発売したパーソナルコンピュータで、 当時、NECの PC-98シリーズ が圧倒的なシェアを誇っていた時代に、 その牙城に挑む“対抗機”として登場しました。

とにかく、当時の X68000 は憧れのマシンでした。
だって──
ゲームセンターと同スペックの「グラディウス」が、おまけで付いてくる。
これだけで心を撃ち抜かれます。
あの頃、アーケードゲームは“特別な場所でしか遊べないもの”でした。 それが家で、しかも ほぼ完全移植 のクオリティで遊べるなんて、 中高生にとっては夢のような話。
「欲しい!」 その気持ちだけで雑誌を何度も読み返した人、きっと多かったはずです。

X68000の性能は、当時の常識を軽く飛び越えていた
他のPCと比べても、X68000は グラフィック解像度もサウンドも桁違い に優れていました。
高校生のとき、級友がついに購入したというので、 ワクワクしながら見せてもらったのですが──
体に電撃が走るほどの衝撃。
実際に見せてもらったのは「三國志」。 それまで私が触れてきたのはファミコンや古いPC版だけだったので、 目の前に広がった画面は、もう“別物”でした。
光栄の本気が伝わるクオリティ
X68000版の「三國志」は、光栄が 武将の顔グラフィックを描き直し、 音楽も重厚で迫力満点。
「これが家で動くのか…?」 そんな信じられない気持ちで、ただただ画面に見入っていました。
欲しい!でも買えない!
欲しい。 何としても欲しい。 心の底からそう思いました。
でも──
高価すぎて手が届かない。
私はもともとプログラムに興味があり、中古PCでコードを打ち込んで遊んでいました。 そんな姿を見ていた父が、ある日ふとこう言ったのです。
「新しいコンピュータ欲しいか?」
その瞬間、父が神に見えました。
しかも父の仕事の関係で、シャープ製のPCなら安く買える という話まで飛び出し、 私は天にも昇る気持ちで「X68000」のカタログを握りしめ、 人生で一番真剣なプレゼンテーションを実施。
そして── スポンサー(父)から承諾を獲得!
高価な買い物だったはずで、父も大変だったと思います。 今は亡き父ですが、あのときの感謝の気持ちは一生忘れません。
届く前から祭りは始まっていた
本体が届く前から、私はすでに準備万端。 先にソフトを買って待っていました。
- 三國志
- 信長の野望
完全にゲーム目的。(親不孝者)
そしてついに── X68000が我が家に到着!
家の中はお祭り騒ぎでした。 ゲームにプログラムに、できることが山ほどある。 でも結局メインはゲーム。(親不孝者×2)
本当に、あの頃は夢中で遊びました。
5インチディスクの時代
当時はハードディスク非搭載が普通で、 すべて 5インチフロッピー。
ゲーム中に 「ディスクを交換してください」 なんて今では考えられないですよね。
しかも5枚以上のゲームなんてザラ。 でもその不便さすら、今思えば愛おしい思い出です。
X68000の衰退──徒花のように咲き、散っていった名機
その後、クロックアップ版である X68030シリーズ が登場し、 「これからさらに盛り上がるのでは」と期待された時期もありました。
しかし現実は厳しく、 ソフトメーカーが次々と X68000向けの開発から撤退 を発表。 市場は急速に縮小していきました。
ユーザー数では圧倒的に PC-98シリーズ に勝てず、 X68000市場はあっという間に萎んでいきます。
さらに当時は、
- X68000ユーザーは“高画質にこだわりすぎて高飛車”
- 違法コピーが多く、メーカーが採算を取れない
といった評判もあり、 ソフト供給が細っていく悪循環に陥ってしまいました。
平家物語の一節が胸に浮かぶ
驕れる者も久しからず── 盛者必衰の理をあらわす。
まさにその言葉がぴったりで、 思わず琵琶法師の心境になってしまうほどでした。
あれほど輝いていたX68000が、 時代の流れの中で静かに姿を消していく。 その様子は、まさに 徒花(あだばな) のようでした。
嗚呼、時代の徒花「X68000」に栄光あれ
X68000は、決して“負けたPC”ではありません。 むしろ 時代が追いつかなかった名機 だったのだと思います。
あの圧倒的なグラフィック、 アーケードと同等のゲーム、 独自の文化と熱狂。
すべてが唯一無二でした。
嗚呼、時代の徒花「X68000」に栄光あれ。

